この問題は色々な所で色々な人が指摘しているので、あえて説明しようとは思いませんでしたが、控訴審判決が棄却だったのでここでも説明しようと思いました。
1 ロッカーキーの登場
A 4月14日被告任意同行
車のグローブボックスから「発見」されたロッカーキーを、発見情況を示す写真も撮らず、指紋採取、もしないで、すぐに会社へもって行きロッカーと照合し、被害者本人が使用していたロッカーの鍵であることを確認。
2 判決での位置
3 ロッカーキーとは?
そのロッカーキーはもちろん会社で被害者が使っていたロッカーの鍵なのですが、使用していた可能性が全くないのです。つまり本人が持ち歩かないものでした。
4 押収品目録交付書の不思議
4-1証拠物件(ロッカーキー)を押収した時
ここでいうロッカーキーとは被害者の会社におけるロッカーの鍵のことです。このロッカーキーが最初に登場するのは4月14日です。その経緯を整理してみましょう。
B 被告車押収千歳署へレッカー移動
C 被告車グローブボックスからロッカーキー発見、押収
判決文では
ロッカーキーは被害者殺害後犯人の管理下に置かれ、被告人車両内に存在するに至ったものと合理的に推認できる。被害者のロッカーキーは被害者の殺害に伴って犯人の保管下に置かれ、少なくとも被告人の関与を経て被告人車両に放置されるに至ったものと合理的に推認できるから、被告人が犯人である可能性は極めて濃厚である。
と有罪材料としてたいへん高く評価しています。
A 元々会社では鍵をかける習慣がなかった。(会社の人のほぼ全員の証言から)
B ロッカーの扉にある皿に入っていたことを皆が知っていた。
C 前使用者のつけた鈴付のキーホルダーがついたままになっていた。
A 本人を立ち合わせませんでした。
4-2押収品目録交付書の登場
B 押収品目録交付書を本人に渡しませんでした。
C 鍵がグローブボックス内のどこにあったかという捜査報告書は存在していません。
ところが、その押収品目録交付書は不思議なところから出てきます。
6月10日に被告宅に家宅捜索が入りました。その理由は4月14日に家宅捜索した時に任意提出された被告のシステム手帳を再押収するためということになっています。(そのシステム手帳は最初の提出の時にコピーをとり返却されていました)
4-3セカンドバッグ
家宅捜索が終わった後、母親が部屋に被告のセカンドバッグが口が開いた状態で放置されているのを見つけ、それを手にとり中にあった押収品目録交付書を見つけたのです。
その押収品目録交付書は4月14日に千歳署の鑑識課員Se巡査部長が作成したとされています。彼は法廷証言でこう言っています。
「ロッカーキーの押収品目録交付書を作成し、千歳署のSa刑事課長に渡した。その後本人に(押収品目録交付書が)渡ったかどうかはわかならい。」
ところが6月10日の家宅捜索の時に、そのセカンドバッグを調べた道警のM警部補は押収品目録交付書の存在を30回公判で否定しています。
5 ロッカーキーはどこからで出来たのか?
また、被告が4月26日から5月22日まで入院した時に、そのバッグを病室内に持ち込めないので、中を確認した後両親が持ち帰っています。
つまり、4月26日から6月10日の家宅捜索中までバッグの中にはなかったことになります。
6月10日の家宅捜索後にバッグ内に入ったことになります。
5-1 押収情況が不自然
これらから被告車になかったと考えた方が自然。
5-2 押収品目録交付書も不自然